三代、牛とともに。
堺で牛と暮らした曽祖父から、篠山で牛を育てる今の東門まで。肉の東門がたどってきた道のりを、少しだけお話しさせてください。
牛と暮らした、曽祖父の代。
東門のはじまりは、堺にさかのぼります。曽祖父は農耕のために牛を飼い、牛とともに田畑を耕して暮らしていました。牛は労働の相棒であり、暮らしを支える家族のような存在でした。
牛とともにある生活。それが、東門の原点です。
篠山で、豚と牛を育てた祖父と父。
時代とともに、一家は丹波篠山へ移り、祖父と父が畜産を本格的に始めます。中心となったのは養豚でした。最盛期には四千五百頭。あわせて但馬牛も三百頭ほどを育てる、地域でも有数の畜産農家へと育っていきました。
豚を育て、牛を育てる。朝から晩まで家畜とともにある日々の中で、東門は「育てること」の技術と知識を積み重ねていきました。
育てる側から、届ける側へ。
平成九年、周辺環境の変化にともない、畜産の規模を大きく縮小することになりました。長く続けてきた養豚から離れ、一家は新しい道を選びます。
育てた牛や豚を、自分たちの手でさばき、直接お客さまに届ける。精肉店・肉の東門としての歩みが、ここから始まりました。
「やっぱり、自分で育てたい」
肉屋として店に立つうちに、三代目である今の店主の中で、ひとつの想いが強くなっていきました。「やっぱり、自分の手で牛を育てたい」。
平成十七年、店主は牛舎を借り、但馬牛の飼育を再び始めます。育てて、さばいて、売る。そのすべてに責任を持つ肉屋へ。一度は手放した「育てること」に、もう一度向き合う決断でした。
また食べたい、と思い出してもらえる肉を。
いま東門が育てる但馬牛の多くは、神戸ビーフに認定される品質です。それでも、特別なときだけの肉にはしたくない。育てているのは自分たちだから、いいお肉を、地元の食卓が普段から手に取れる値段でお出しできます。
派手な宣伝はしていません。一度食べたお客さまが、後日ふと「またあの肉が食べたい」と思い出してくれる。そんな肉を、今日も店に並べています。
三代にわたって受け継いできた「育てること」を、これからも続けていきます。
